「遺留分」がもらえない場合の対処-基礎知識&遺留分侵害額請求の方法-
「特定の人に財産の大半を残す」という遺言(遺贈)があったり、一部の家族だけが多額の生前贈与を受けていたりすると、被相続人に近しい家族は強い不安を覚えるでしょう。
そればかりでなく、経済基盤を失くして生活が脅かされかねません
こうした問題を防ぐために存在するのが「遺留分侵害額請求権」です。
保証された最低限の相続分を無視するような生前贈与や遺贈があった場合、遺留分侵害額請求権を行使すると,遺留分侵害額に相当する金銭の支払いをうけることができます。
そもそも遺留分制度とは何か、そして遺留分侵害額請求のルールと方法について、詳しくみていきましょう。
「遺留分」とは
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に保証された,最低限の遺産の取り分を指します。
相続財産からの生前贈与や遺贈は、たとえ被相続人の強い意思として遺言で定められていても、遺留分侵害額請求権を行使されると,その限度で遺留分侵害額請求権が遺言に優先することになります。
また,遺留分の権利そのものも、口約束などで簡単になくすことはできない強力なものです。
権利者本人が相続人としての地位を失うか、放棄することについて裁判所で許可を受けるまで、遺留分という最低限の相続分を失うことはありません。
遺留分を受け取れる人・受取可能額
【遺留分が受け取れる人(遺留分権利者)】
遺留分が受け取れるのは、直系尊属(被相続人の父母等)・配偶者・直系卑属(被相続人の子・孫等)に限られます。
(兄弟姉妹には、遺留分の権利は発生しません。)
そして,具体的にもらえる額を算出する際は、以下の①~③の順で行います。
【遺留分の算出方法】
①「相続財産の総額」を算出
相続財産の総額=
(被相続人が相続開始の時に有した財産の価額)+(贈与した財産の価額※)-(負債額)
※贈与した財産として扱われるものは,以下のとおりです。
- (ア)当事者双方が遺留分権利者に損害を与えると知ってなされた贈与,
- (イ)相続人に対する特別受益(「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与」)
※ただし,2019年7月1日以降に発生した相続の場合は,特別受益のうち,相続開始前10年以内に行われたものに限ります。 - (ウ)相続人でない人に対する相続開始前1年間の贈与
- (エ)不相当な対価によりなされた有償行為
①遺留分の割合(遺留分率)
原則:相続財産全体の1/2
相続人が直系尊属のみの場合:相続財産全体の1/3
③遺留分権利者それぞれの遺留分の額(遺留分額)を算出
相続財産の総額×遺留分率×法定相続分=遺留分額
この算定方法を元に「相続財産の総額に占める遺留分の割合」をパターン別に紹介すると、次の通りです。
<遺留分早見表(相続分の総体に占める割合)>
法定相続人 | 配偶者 | 子※ | 直系尊属 |
---|---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | ― | ― |
子のみ | ― | 1/2 | ― |
直系尊属のみ | ― | ― | 1/3 |
配偶者・子供 | 1/4 | 1/4 | |
配偶者・直系尊属 | 1/3 | ― | 1/6 |
※子供が複数人いる場合、遺留分を頭数で均等に分配します。
遺留分侵害額請求とは
被相続人が生前贈与や遺贈をしたことにより,遺留分権利者が遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合に、足りない分を金銭で支払わせることができる権利を,「遺留分侵害額請求権」といいます。
相続人同士の話し合いで解決しない場合は、遺産分割調停や審判等,裁判所に判断を仰いでも構いません。
なお審判等で具体的な金額について決着がついたにもかかわらず,遺留分を侵害している相続人(侵害者)が遺留分の支払いを拒む場合は、裁判所で債権回収手続きをとり、侵害者の財産を差し押さえて回収することもできます。
遺留分侵害額請求の時効と対象について
遺留分侵害額請求には、手続きできる期限および手続き対象となる行為について定められています。
【遺留分侵害額請求権の期限】(民法1048条)
- 相続開始及び遺留分侵害を知ってから1年(これを時効といいます)
- 相続開始から10年経過したとき(これを除斥機関といいます)
相続が始まると、1年はあっという間です。
「特定の人に対して度を過ぎた贈与が行われている」と漠然と感じた段階で行動を起こさないと、不公平を解決できないままみすみす権利を失ってしまいますので,注意が必要です。
手続きの対象となる行為について
手続きの対象となる行為には,以下のものがあります。
- 遺贈
- 贈与
・ア 死因贈与
・イ 生前贈与
(ア)相続開始前1年以内に行われた贈与
(イ)当事者双方が,遺留分を侵害することを知りながら行われた贈与
(ウ)特別受益(ただし,2019年7月1日以降に発生した相続の場合,相続開始前10年以内になされたものに限ります。) - 不当な対価による有償行為
そして,遺留分侵害額請求をするときは,以下の順序で処理します(民法1047条)。
①遺贈
遺言により、特定の人に対して無条件で行われる贈与です。
②死因贈与
生前の口約束や契約で「死亡したときに財産を渡す」と約束された贈与を指します。
③生前贈与
生前贈与が複数おこなわれている場合は,新しいものから古いものに,順に請求していくことになります。
そして,相続人以外に対する生前贈与については,相続開始前1年以内の贈与に限られ,また2019年7月1日以降に発生した相続における特別受益については相続開始前10年以内のものが対象になります。
そのほか,生前贈与には,負担付贈与(「財産を渡す代わりに被相続人の面倒を見ること」等、交換条件のある贈与のこと。
遺留分侵害請求の算定は、贈与額から負担分相当を差し引いた額に対して行うことができます(民法1045条1項)。)も含まれます。
また,不当な対価による有償行為(例えば,遺留分権利者に損害を与えると知りながら,ただ同然の金額で被相続人が相続人以外の者に不動産をあげた,等の場合)も,負担付贈与として扱われることになります(民法1045条2項)。
遺留分侵害額請求の方法とポイント
遺留分を越えた贈与が発覚した場合、短い時効期間を徒過してしまうことのないように,書面等で明確に遺留分侵害額請求の意思を伝えましょう。
話し合いが合意に至ったあとは、遺産分割協議書等を作成し,内容を残しておきましょう。
【遺留分侵害額請求の流れ】
- 相続人および相続財産を確定する
- 侵害者に遺留分侵害額請求権を行使することの意思表示をする
- 遺産分割協議の場で,遺留分を踏まえた内容への見直しを求める
- 合意できた場合は「遺産分割協議書」を作成する
侵害している人にも「被相続人に対する貢献があった」「家業を継いでいる」等の主張があることが多く,それぞれの家族に対する感情もあり、なかなか議論が進展しない事がほとんどです。
協議を始める前、話し合いにならないと予想した時点で、弁護士に依頼をし、対応を先回りしておくべきでしょう。
まずは「請求の意思」を伝える
請求出来る期間が一年と短いので、一刻も早く「遺留分侵害額請求をする」と通達しましょう。
相手の住所がすぐに分かる場合は、法的に有効な文書を作成し「配達証明+内容証明郵便」を送付して意思を伝えます。
相手の住所が分からないなどの場合は、相続人調査が必要になります。
いずれの場合であっても、法的に有効な請求権行使ができるよう、弁護士に対応を依頼するのが確実です。
必要に応じて仮処分も検討する
遺留分侵害額請求権はあくまでもお金を払ってもらう権利で,相続財産の一部である不動産そのものを請求する等はできません。
ですから,相続財産に含まれる不動産が勝手に売却されようが,基本的には何もできません
しかし,侵害者にめぼしい財産がなく,相続財産である不動産を売却し,現金を使い込む等してしまうと,せっかく遺留分侵害額請求をしても,回収できなくなってしまいます。
このような場合は,裁判所で仮差押え手続きを行うことも検討しましょう。
遺留分侵害額請求は「早期の法的対応」を
これまでお話ししてきたように、被相続人の父母・配偶者・子には「最低限の相続分」である遺留分が保証されています。
被相続人の強い意思であったとしても、贈与は遺留分を侵害することはできません。
万が一遺留分を侵害するような贈与があった場合、金銭による支払いを求められるのが「遺留分侵害額請求」の趣旨です。
しかし、遺留分侵害額請求権がどんなに強力な権利であったとしても、贈与を受けた人の抵抗に遭うことは避けられません。
時効がごく短いことを考慮すると、一刻も早い請求や仮処分,債権回収といった法的な手段を検討する必要があります。
そうした手続を素早く行うには、専門家のアドバイスが不可欠です。
たとえ侵害額が些細なものであったとしても、相続専門の弁護士の力を借りましょう。