「成年後見制度」とは―デメリットを解消する新しい後見制度の解説―
認知症を患ってしまったとき等判断能力が衰えてしまったときに、相続手続きを含めた財産関連のトラブルから守ってくれるのが「成年後見制度」です。
ですが、この制度には資産の適切な管理において不都合な点があることは見逃せません。
後見開始のその先にある相続発生に備えて、今からご本人とご家族にできることを確認し、対策をしましょう。
最初に成年後見制度の内容と手続き方法を解説し、旧来の制度のデメリットを解消し得る新しい後見制度も併せて紹介します。
成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症等で判断能力が低下した人の代わりに、家裁から選ばれた人が法律的支援をする制度のことです。
成年後見には「後見」「保佐」「補助」の3種類が存在し、それぞれ支援者の権限の幅や申立て時期などに違いがあります。
支援を受ける側を「成年被後見人」「被保佐人」「被補助人」といい、支援する側を「成年後見人」「補佐人」「補助人」といいます。
本人の代わりに支援者の判断で財産管理を行うには、代理権(法律行為の一切を行う権利)が欠かせません。
制度の種類 | 代理権 | 申立時期 |
---|---|---|
後見 | 〇 | 判断能力が完全に失われているとき |
保佐 | ×(代理権付与の審判要) | 判断能力が低下し、日常生活の大部分に支障をきたすとき |
補助 | ×(代理権付与の審判要) | 判断能力が低下し、日常生活の一部に支障をきたすとき |
後見人がいない場合
判断能力の低下した人が自分にとって不利益な売買契約・取引を結んだとしても、後見人がいなければ、事実上そうした契約を取り消すことが極めて困難です。
また、遺産分割協議では、後見人のいないことがトラブルを引き起こすことになります。
【遺産分割協議でのトラブルの例】
父が亡くなり、認知症の疑いがある母と3人の子で相続を開始。
「居住用不動産を母に残す」という遺言があったにも関わらず、長子の勧めで母が自ら相続分を受け継ぐことを辞退してしまい、長子が不動産を自分の相続分とする内容の遺産分割協議を整えてしまった。
遺産分割協議では、遺言通りの内容を実現する必要はありません。
相続人全員の同意があれば、その意思表示に問題があったとしても成立してしまいます。
このケースでは、母に後見人がいないことで遺産分割協議の取消すら困難になります。
成年後見制度の申立方法
成年後見制度は、家庭裁判所に申立てて審判を受けることで開始されます。
後見開始までは最短でも2週間を要し、親族関係や財産の状況にあわせて4カ月程度かかる場合もあります。
【成年後見制度の利用の流れ】
①申立
②家庭裁判所による当事者への事情聴取
③(精神鑑定)・被後見人となる人との面談
④家庭裁判所による審判
⑤審判の終了+法務局への登記
↓
後見開始
審判中に「財産が著しく多い」「家族関係が良好でない」といった判断が下された場合、後見人の仕事ぶりをチェックする後見監督人が別途選任されます。
また、後見人には、後見開始から終了までのあいだ、原則として毎年1回家庭裁判所への報告義務が生じます。
申立できる人・必要書類
提出すべき書類には「財産や収支状況に関する書類」が含まれ、収集に手間がかかることは否めません。
家族関係についても申立書類で報告する必要があります。
①被後見人に関する書類:
- 後見・保佐・補助開始申立書
- 成年後見専用の診断書+診断書附票
- 愛の手帳のコピー(知的障碍がある場合)
- 戸籍謄本・住民票
- 財産目録・収支状況報告書
- 預貯金通帳・証券口座資料
- 不動産の全部事項証明書
- 負債に関する資料
②支援する家族に関する資料:
- 申立事情説明書
- 後見人等候補者事情説明書
- 住民票または戸籍の附票
- 収入・支出に関する資料
③後見審判開始にかかる費用:
- 申立+登記手数料:3,400円
- 裁判所からの送達費用:3,220円
- 鑑定費用:10~20万円
成年後見制度のデメリット:支援する家族側
成年後見制度は、本人の判断能力が低下してからでないと申立することができません。
判断能力がどの程度低下しているかは側で支える家族でも把握しにくく、相続開始時点になって大きな混乱が生じる可能性があります。
さらに、相続手続きを長引かせる重大なデメリットも存在します。
相続人とは別の「特別代理人」が必要になるケースがある
後見人自身が相続人に含まれる場合、被後見人の代理として遺産分割協議に加わることはできません。
後見人と被後見人の利益が衝突する「利益相反」と呼ばれる状態になるからです。
※利益相反とは:
一方の利益が他方の不利益になる状態のことを指します。
遺産分割協議の場では、後見人の相続分が多くなるほど被後見人の相続分が少なくなることは否めません。
反対の状況も起きうることが懸念されます。
したがって後見人自身が相続人に含まれる場合、後見人とは別に被後見人を代理する「特別代理人」が選ばれることになります。
この特別代理人には後見人候補である近親者が選任されず、まったく交流のない親族や弁護士資格をもつ第三者が選ばれてしまうことがあります。
その場合、遺産分割に家族全体の想いを反映させることそのものが難しくなってしまうこともあるでしょう。
成年後見制度のデメリット:支援される被後見人側
これから後見を受ける可能性のある人にとっても、成年後見制度にはデメリットがあります。
なにより、後見開始のその先にある相続のことを考えるのであれば、家族が慌ただしく後見開始の手続きをする状況は好ましくありません。
相続準備が一切できなくなる
いったん後見制度が始まると、遺言作成や養子縁組・事業承継の手続きが極めて困難になります。
被後見人・後見人双方の権限に制限がかかってしまうからです。
後見開始後の制限
【被後見人にできないこと】
- 身分行為(遺言作成や養子縁組など)
- 会社の取締役や医者・弁護士等の職につくこと(退任要)
【後見人にできないこと】
- 遺言作成・執行
- 被後見人のための資産運用・株式移転
後見人に課せられる義務は「被後見人の財産を減らさないこと」です。
したがって、被後見人本人の判断能力低下後に、被後見人の資産を活用しなければならない事情が生じたとしても、後見人は被後見人の財産を減らすリスクのある資産活用をすることはできません。
そのため、結果として家族全体にとって不都合が生じてしまうことがあります。
これから被相続人になるかもしれないご家族は、判断能力が低下する前に遺言作成等の相続準備を整えなければなりません。
後見が必要になる前にできること
後見から相続にかけて発生する様々な不都合を解消するために、家族全体で「任意後見制度」や「家族信託」による準備も検討できます。
任意後見制度の利用
任意後見制度とは、判断能力低下に備えて本人の意思で後見人を指定できる制度です。
後見が必要になったタイミングで動き出す成年後見制度とは異なって、元気なうちに事前準備ができる制度ですから、家裁での手続きが短くて済みます。
また、任意後見人に相続の専門家(弁護士や司法書士)を指定しておくことで、被後見人が相続人となった場合の利益相反を避け、家族の想いを反映した遺産分割を実現できます。
任意後見を開始する場合、家裁の選任により「任意後見監督人」が必ず付きます。
これによって不正や財産横領を防げるため、第三者や血縁関係の遠い親類にも安心して後見を任せられます。
任意後見制度の手続きは、公証役場で本人と後見人とのあいだの契約内容を書面化することで事前準備を整えます。
【任意後見制度の利用の流れ】
- ①判断能力が低下する前
本人と後見人が話し合い、その内容に基づいて公正証書を作成する。 - ②判断能力が低下した後
家庭裁判所により任意後見監督人が選任されて後見が開始し、1年ごとに報告義務が生じる。
①~②間の判断能力が低下するまでの間は、本人の意思と権限で自由に法律行為を行えます。
後見人に不安を感じた場合は、いつでも解任することが可能です。
家族信託の利用
家族信託とは、判断能力のあるうちに家族と話し合い、生前財産管理から遺産分割方法までを一元的に取り決めて特定の家族へと委ねる手続きのことです。
【家族信託のメリット】
- 遺産分割に家族の想いを最大限反映させられる
- 後見と遺言の両方の機能を持たせられる
判断能力が低下する前に財産管理を委ねることで、本人へのサポートを開始する時期の見極めが不要です。
「高齢の父母が両方存命で連続して相続が発生する可能性がある」というケースでも、あらかじめ父→母→子の相続財産の流れを具体的に取り決めておくことができます。
まとめ
遺産分割協議が始まると、被相続人の配偶者など高齢の家族も参加することになります。
「成年後見制度」は日常的な法律行為のサポートができるだけでなく、遺産分割協議の場でもトラブルを防止する役割を果たす制度です。
その一方で「判断能力が低下してからでないと手続きできない」「後見人の代わりに代理人を立てなければならないケースがある」「相続準備が全くできなくなる」等のデメリットがあることは見逃せません。
最良の方法は、後見が必要となる前に家族全員で話し合い、その結果を相続準備に反映させておくことです。
当法律事務所では、すでに後見が必要であるご家族だけでなく、任意後見契約の内容・家族信託の手続きに関するサポートも承っています。