「遺産の使い込み」への対処-返還請求と証拠収集の方法-
「近親者が勝手に遺産の不動産を売却してしまった」「故人の預貯金を使い込んでいる」という事態は、相続人の利益を著しく害します。
返還させない限り、公平で全員が納得できる遺産分割は実現できません。
しかし、こうした遺産の使い込み問題は、当事者に自覚させづらく、また相続人同士の話し合いだけでは解決しづらいのが常です。
対処が遅れるほど法的措置も困難になるため、気づいた段階で相続トラブルを扱う専門家に相談しなければなりません。
「どうすればいいのか全く分からない」という状況からでも方針を立てられるように、遺産使い込み問題の具体例とその返還請求の手立てについて解説します。
遺産使い込みの具体例
相続財産の使い込みの例は多岐にわたります。
使い込みの対象として最も多いのは預貯金・不動産で、相続人に未成年者や若年者が含まれることを利用した悪質な例もみられます。
【遺産使い込みの具体例】
- 故人名義の預金口座が勝手に解約された。
- 故人の預金口座から出金・着服することが常態化している。
- 不動産を勝手に売却している。
- 賃料収入を勝手に自分の懐に入れている。
- 証券口座と保有株式を使って、勝手に取引している。
被相続人名義の財産は、そのすべてが相続開始時点から相続人らの「共有に属する」(民法898条)」と定められています。
他の相続人に無断で使い込んでしまうことは、他の相続人の財産を横領する行為に他なりません。
「使いこみ」を認めない人が多い
しかし、こと同居家族内では、財産の区別があいまいになりがちです。
遺産の使い込みを指摘しても、使い込んだ人が「家族の通帳や印鑑を勝手に持ち出すことは財産管理の延長であり悪いことではない」と認識している場合などでは、話がかみ合わず相手の逆上を招くこともあります。
使い込みを認めて返還に応じてもらうには、証拠を提示した上で「家族ではない第三者からの状況説明」が欠かせません。
その点、弁護士という立場から法的根拠に基づくアプローチがあれば、返還が必要であると認識してもらいやすくなります。
まずは使い込みの証拠を入手
相続財産の横領(使い込み)が疑わしくなった段階で、何よりもまず「証拠」を発見することが大切になります。
返還請求で有力となる証拠を並べると、次のようになります。
【遺産横領の返還請求で使える証拠類】
- ①被相続人の口座記録(預金口座・証券口座)
- ②被相続人の遺品の中にある株取引等の関係書類
- ③不動産登記簿謄本・賃貸契約に関する書類
- ④横領者の口座記録・取引関係書類
①~②であれば、死亡証明書による遺族からの開示請求でも対応できますし、遺品整理中に書類を発見できる可能性は十分残されています。
③~④は非常に有力な証拠として提示できる可能性が高いものの、一般の人ではなかなか収集できません。
個人情報保護法があり個人の情報を開示してもらいにくいことや、書類を発行してもらう手続きの煩雑さなどがその理由になっています。
また、「故人が使い込みをした者に自分の名義を自由に使わせていた」というケースでは、複数の口座情報を追いかけなければならない場合もあります。
証拠収集は「弁護士会照会」と「嘱託調査」がカギ
決定的証拠の確保は、法的な専門知識を持たない個人では極めて難しいといわざるをえません。
しかしながら、弁護士と裁判所の調査権限を用いれば確保できる確率が格段に上がります。
弁護士の権限に基づく調査(弁護士法23条の2に基づく「23条照会」)では、金融機関に対してその保有する口座記録などの開示請求ができます。
金融機関は、この開示請求に対して回答をする義務があります。
また、横領者の銀行口座の取引履歴等については、個人情報保護法のハードルによって弁護士会照会でも入手は困難でしょうが、裁判手続きにのせてしまえば、裁判所が必要だと判断した場合、嘱託調査をしてもらえることがあります。
いずれにしても、調査は一刻を争います。
横領対象の不動産を売却されて返還請求が困難になったり、使い込みした人物に資力がなくなって返してもらうことが難しくなったりするからです。
返還請求の方法
返還請求の方法には、次の2つがあります。
- 不当利得返還請求
- 損害賠償請求
不当利得返還請求
使い込みを「不当利得」として訴えることが可能です。
不当利得(民法703条)とは、法律上の根拠がなく、かつ他人に損失をもたらすかたちで得た利益を指します。
使い込みに関して立証すべきことは後述の「損害賠償請求権」とほとんど変わらず、相続人以外の使い込みをした者に対しても行使可能です。
ただし、消滅時効(請求できる期間)。使い込みが始まってから時間が経ってから使い込みを知った場合など、対処が遅れたケースには適しません。
【不当利得返還請求のポイント】
- 時効:使い込みが行われた時点から10年
- 破産すると返還義務がなくなってしまう
損害賠償請求
遺産の使い込みを「相続人の損害」として、損害賠償(民法709条)で訴えるのも、返還請求の方法として有用です。
特に、未成年者が親類に相続分を使い込まれていて、かつ成人後に返還請求を始める場合、不当利得返還請求では時効の起算点は使い込み行為から10年なので、すでに時効になっている(権利が消滅してしまっている)こともありえます。
しかし、損害賠償請求であれば、時効の起算点が「損害及び加害者を知った時から3年」なので請求できる可能性が高くなります。
【損害賠償請求のポイント】
- 時効:使い込みが発覚してから3年
- 破産しても返還義務が消滅しない場合あり
使いこみをした人が相続人であった場合の一つの解決策
使い込みをした人が共同相続人である場合、状況によっては、使い込み分を生前贈与として扱うこともできます。
その上で「特別受益※の持戻し」(民法903条)による遺産分割を行えば、返還請求と遺産分割協議を別々に行う手間が省けます。
つまり、不当利得返還請求や損害賠償では、使い込みをした人は「加害者」になり、「悪気は無かった」使い込みをした人にとっては心理的に抵抗があるでしょう。
しかし、特別受益の持戻しであれば、遺産分割という形での解決なので、使い込みをした人にとっても心情的に受け入れやすいといえます。
また、不当利得返還請求や損害賠償と違って、時効により消滅することがありません。
※特別受益の持戻しとは:
特定の相続人だけが受け取っている多額の贈与(特別受益)について、相続開始時点の財産で上乗せ(持戻し)してから遺産分割を始められる制度を指します。
その後、特別受益者の相続分から贈与分を差し引くことで、公平性をはかることが出来ます。
(まとめ部分)「遺産の使い込み問題」に弁護士は不可欠
遺産の使い込み問題では「証拠入手」と「返還請求の方法」の2つがカギとなります。
いずれも一般の人には手続等が難しく、弁護士・裁判所の調査権限を駆使しながら最適な方法を選択しなければなりません。
使い込みに対する返還請求には時効があり、当時の状況しだいでは返還請求ではなく別の方法で対処すべきケースもあります。
「使い込みについてはっきりと確信がもてない」というタイミングでも、まずは相続トラブル専門の弁護士に早期対応を取ってもらいましょう。